進路の決め方

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といっても、今のではなく、高校時代の話。

興味がある事が昔から多くて、絵もやりたかったし、本が好きで文学にも興味あったし、音楽にも、科学にも興味があった。高校に入り進路を決める必要があったわけだが、その時にどうやって選んだのか覚えてるので、数十年後の今どうなってるのかを併せてメモしておく。

 

独学できる物は、学校ではなく、自分の時間でも出来るかもしれない

例えば、絵、音楽、文学は習う物なのか?歴史を知っていれば、良い作品が作れるのか?自分が好きなアーティストは学校で音楽や絵を習ったのだろうか?もし、私がクラシック音楽専攻だったら音大を目指したかもしれない。しかしながら、当時の私はエレキギターだったので、音大は選択肢には入らなかった。

 

それを仕事にして食えるかどうか

音楽や絵で食えない事はないけど、もちろん大学に行ったからと言って食えるようになるわけではない。あまり現実的ではないと思ったし、第一売れなかったら何を仕事にするんだろうか?という疑問もあった。要は潰しが効くかどうかだ。少しチャレンジ精神に欠けるような気もするが、2手、3手を考えて置く事も重要だと思う。

どうしても、音楽で食っていくんだ!と熱望するならば、売れなかったら音楽講師、スタジオミュージシャン、評論家になるとか、そういった他の選択肢を想定しても良いかもしれない。いずれの道も専門に深くやった人しかできない仕事だ。

 

チャレンジするなら期限を設ける

敢えてチャレンジするなら、期限を設定するのも良いかもしれない。遅すぎない時期に引き際を設定しておくと、進路の変更も可能だし、若いうちならどうにでもなる。食えなくても俺は一生ロックをやっていく。という40歳とかチラホラ居るが結構きついと思う。今時人生80年。残りの40年どうやって生活していくのか?独身なら問題ないが、家族や彼女が出来てたらどうするのか?

例えば、18歳にミュージシャンになる事を決意し、期限を最長10年、兆しが見えるかどうかを5年後に検討する。と設定していたなら、23歳に兆しが見えなかったら、早めの進路変更が可能になるし、最終的に失敗しても、何かの兆しが出た後なので、スキルも見についてるはず。そんな状況からの28歳は、十分やり直せると思う。

 

学校でしか出来ない勉強は何かを考えてみた

自分の興味のある事で、電子工作がまさにそれだった。実験道具や機械は、個人で買えない物が多いので、独学で勉強するには限界がある。その為、ひとまず理系を専攻し、どうしても絵や音楽がやりたかったら、自分の時間でやれば良いだろうという結論に至り、理系を専攻した。

進路はこんな感じで決めたのだが、高校卒業時にはまた少し違った将来も妄想していた。

ポルシェが大好きなので、ポルシェを普通に買って生活できる水準になりたいと思っていた。その為の年収はいくらか、ポルシェのローン価格を出したら、一ヶ月に必要な給料が割り出せて、ざっくり考えても、普通の会社員では無理しないと買えなさそう。独身ならいけるが、家庭があったら無理だと判断した。

会社員以外で当時思いついたのは「社長」くらいしかなかった。所詮10代の子供w

それでも、23歳で社会人になって、5年くらいしたら企業して、7-8年したらポルシェ買えるかもなーくらいの想定はしていた。もちろん、何の社長かは判らなかったが、ひとまず理系の大学を出て、社会人へ進む過程で考えようと。

 

そして、どんな大人になったのか?

現在もポルシェはもっておらず、社長にもなっていないw それは、社長以外にも収入を増やせる事を知ったからである。また、自分の性格上、経営者よりも、投資家の方が向いてるようにも思える。

また、理系を専攻したおかげで、PCオタクの友達と繋がり、中学移行触ってなかったPCにまた触れる事になり、卒業後はITが盛んになってきてた事に便乗でき、運よくIT業界で長く働ける事となった。アメリカに来る際にも、理系の大学を出てるので、ITと繋がりがあるという判断になるため、ビザの取得は文系の人よりも遥かに簡単だった。

そして、新しい物が好き、音楽が好き、絵が好きという事で、プログラム、イラレ、フォトショ、写真などが全てPC上になってしまった。もちろん、これは高校時代には想定できなかった事だし、趣味のスキルが仕事にも繋がり、仕事が趣味にも繋がる好循環となっている。

 

半分は英語のためにアメリカに来ていたが、これは経過点。最終的には英語圏で投資活動が出来るようになる為と、自分のITスキルの確認のはずだったが、アメリカ人の女性と結婚した為、長く住む事になりそう。

人生はどう転がるか分からない。未だに社長にもなってないし、ポルシェも所有してないけど、自分で選んで来た道はそんなに悪いもんでは無いと思う。まず感じるのは、レールに乗らず自分らしい生き方が出来ている事が幸せだと思う事。そう、幸せの形は人それぞれ違うはずなんだ。

 

何に重きを置くか

個人の好みや性格だろうけど、学歴含むブランド志向が強い人にはロクなのが居ない。表面的で実がない人が多い。表面が華やかだとチヤホヤされるし、優遇される事もあるだろうけど、やっぱり最終的には人間性なのだ。見た目を選ぶよりも実を選ぶこと。そこの学校で何が学べるのか?何を学びたいのか?自分の選択には明確な理由をつける。

そして、日本内で孤立しても良いから協調性を持ちつつも個性を大切にする。死ぬまで日本に住むとは限らない、個性は海外では全く問題にならない。孤立や見た目、建前なんかどうでも良い、それよりも、人に敬意を払い、丁寧に接する事を気にするべきだ。これはどこの国の人にも伝わる事だと思う。粗野な人は、他人からも粗野に扱われる。社会とはそういうものだとつくづく思う。

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